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海事Q&A 英国法上のリーエンとは(Ⅱ)

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海事Q&A Q&A

海事に関するよくある質問

英国法上のリーエンとは(Ⅱ)
  1.  Statutory Lien
    1.  種類

       Statutory Lienは、文字通り制定法上のリーエンですが、1981年高等裁判所法(SCA)20条2項に記載されています。Maritime Lien (同項 e,j,o,p,r)でもあるものを除くと、以下のとおりです。海事債権の大半は含まれています。

      1.  船舶、属具若しくは艤装の欠陥により、又は、船主、傭船者若しくは船員等の過失により生じた人身損害
      2.  船舶によって運送される貨物に生じた損害
      3.  船舶による貨物の運送、又は船舶の使用若しくは傭船に関する契約から生じた請求
      4.  曳船費用
      5.  水先案内費用
      6.  船舶の運航又は管理のために供給された物品に関する請求
      7.  船舶の建造、修繕、艤装又はドック費用
      8.  共同海損から生じた請求

       ここで、同項dの「船舶が被った損害(damage received by a ship) 」は、船舶以外の物によって船舶が受けた損害であり、アレストされるべき有責の船舶はないため、アレストはできません(The Eschersheim[1976]2Lloyd's Rep1)。
       対物訴訟は、SCA20条2項に列挙された債権(d を除く)だけが可能で、そこに含まれなければ、海事の色彩のある債権であっても対人訴訟によるほかありません(SCA21条1項)。
       なお、同項a,b,cは、船舶の所有又は占有についての海事債権(ownership claims)が列挙されています(共有者間の船舶の占有に関する係争、船舶の抵当権に関する債権等)。

    2.  性質

       対物訴訟を提起し、船舶をアレストして担保権が具体化されます。このアレストの要件を規定したSCA21条4項は、船舶のアレストしか触れていませんが、この「船舶」は、船上の全ての財産(被告船主が有するバンカーや積荷を含む)を含むと解釈されています(The Silia[1981]2Lloyd's Rep534)。
       Maritime Lien と異なり、訴状発行前に船舶が売却されると、原告はアレストできません。
       他方、姉妹船のアレストもできるため、Maritime Lien を有する債権者も、債務者の資産状況によっては、Statutory Lienの方を選択して行使することも考えられます。
       全体での優先順位は、①アレストに関する海事裁判所の費用、②Maritime Lien 、③Mortgages (抵当権)、④Statutory Lien、⑤対物訴訟が利用できない他の海事債権、という順番になります。Statutory Lien間の順位は、同順位です(pari passu)。

  2.  対物訴訟
    1.  海事債権の実行には、対物訴訟(action in rem) と対人訴訟(action in personam)があります。
       後者は、人的被告に対する通常の訴訟であり、勝訴しても原告の債権が優先する訳ではありません。前者は、高等法院の海事管轄でのみ利用できる特別な訴訟で、船舶を被告とするものです。対物訴訟を提起できる権利を、対物訴権(Statutory right in rem)といいます。
    2.  対物請求

       対物訴訟の手続きは、民事訴訟規則(Civil Procedure Rule)61条、及び施行細則(Practice Direction)61条に規定されています。
       原告は、まず、その訴状(in rem claim form) を発行(issue) します(CPR61.3 ⑵) 。請求明細書(particular of claims)も必要です(CPR61.3 ⑶) 。訴状は送達が必要です(CPR61.3 ⑸) 。その方法は、財産の外に見えるように固定するか、財産の管理者がその財産へのアクセスを認めなければその者に訴状のコピーを渡すか(PD61.3.6)、合意があれば(例えばソリシター事務所)その送達場所に送達することもできます。訴状送達後、14日以内に答弁書(acknowledgement of service)の提出が必要です(CPR61.3 ⑷) 。また、訴状が発行されたら、送達の有無を問わず、防御を望む者は誰でも答弁書の提出ができます(CPR61.3 ⑹)。請求明細書は、"Statement of Truth"によって立証される必要があります。
       答弁書が提出された後も、その請求の性質が対物請求でなくなる訳ではありません。しかし、その請求に関連する手続きは対人請求の場合と同様になります。対物訴訟では、原告は、いわゆるsummary judgment(簡易判決)を得ることはできません。他方、原告は、期限内に答弁書が提出されない場合等に、対物訴訟での懈怠判決(default judgment 日本の欠席判決に相当) を得ることができます(CPR61.9)。つまり、提訴された被告である船舶の船主は、応訴して海事管轄に服するか、それとも懈怠手続きを甘受するかの選択をすることになります。
       衝突事件の場合は、特則があります。この場合、訴状の発行で裁判が開始され、答弁書は、対物訴訟であれ、対人訴訟であれ、強制です。答弁書の提出後2カ月以内に、双方の当事者は"Collision Statement" を提出する必要があります(CPR61.4 ⑸)が、請求明細書は不要になります。"Statement of Truth"による立証は必要です。

    3.  アレスト

       対物訴訟が可能であれば、被告船舶をアレストできます(CPR61.5)。前記の対物請求の訴状を送達しただけではアレストを構成せず、別の申立が必要です。アレストの適法な申立があれば、裁判所が令状(warrant of arrest) を発布し、船舶をアレストします。アレストは、海事執行官(Admiralty Marshal) かその代理人が行います。その方法は、令状を財産の外に固定して送達するか、又は令状発行通知を送達します(PD61.5.5)が、通常は船舶を管理する船長が送達を受けます。
       アレストは、本案の管轄を生じさせます。アレストされると、船舶は対物訴訟での原告のための担保となり、船主が船舶解放のための担保を別途提供しなければ、船舶は売却されます。
       競売は、船主が出頭しない場合や担保を提供しない場合、アレストされた財産が競売され、原告がその代金から支払いを受けられる、ということを確保するための執行手続きの重要な要素です。競売は、本案判決が出ていなくても進めることができます。その理由は、アレスト下の船舶は管理費用が嵩み、競売で確保される資金が減ってしまうためです。売却で得られた資金は船舶に代わって担保となります。しかし、売却代金の支払は、勝訴判決を得た原告だけに、順位も裁判所の決定に従ってなされます。

    4.  対物訴訟の性質を巡る重要判例として、The Indian Grace号事件があります。
       貴族院(House of Lords)は、それまでの船舶を擬人化して捉える一般的な考え方を覆し、対物訴訟の被告は、訴状の送達の瞬間から、その船舶の船主である、との判示をしました([1998]1Lloyd's Rep1) 。
       この事案は、原告(インド共和国と同国防省)が貨物損害につき、インドの裁判所で被告船主(インド汽船株式会社)に対し対人訴訟を提起し、更に、イギリスの裁判所に対物訴訟を提起したことにつき、被告が、1982年民事管轄及び裁判法34条により、後訴は同一の当事者間の同一の請求原因の訴訟であって認められないとして争い、貴族院はイギリスでの後訴を認めなかったものです。
       同判決は、対物訴訟を、従来の擬人化した考え方よりも、船主を法廷に呼び出すための手続的なものとみる考え方に馴染みます。ただ、これはStatutory Lienに関する判例であり、Maritime Lien の場合についてどう考えるかは未解決のままです。

  3.  Possessory Lien (留置権)

     Possessory Lien は、コモンローに基づく権利で、物に関して与えられたサービスつき、未払債務が支払われるまで動産を留置することができる権利です。占有を失うとリーエンも失います。このリーエンは、船舶の造船業者の修繕費等に適用可能で、留置前に生じたMaritime Lien には劣後しますが、占有を保持していれば、留置後に生じたリーエンや抵当権には優先します。他に、運賃支払いの確保のための船主の積荷に対するリーエン等があります。
     また、Possessory Lien は契約によって創設でき、定期傭船では、BALLTIME1939の17条や、NYPE93の23条、航海傭船では、GENCONの8条に規定されています。

  4.  Equitable Lien(衡平法上のリーエン)

     Equitable Lienは、衡平法(Equity)によって創造された権利で、物の占有には依存しません。しかし、物が、通告なく有償で善意の買主に売却されると、リーエンは失われます。Equitable Lienには、船主の傭船者に対する再傭船料債権の上に生じるリーエンがあります。
     このリーエンも契約で創設でき、上記の各傭船書式や裸傭船のBARECON2001 の18条に規定されています。

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