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海事Q&A 商法(運送・海商)改正要綱⑬ 物品運送に関する総則は(Ⅰ)

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海事Q&A Q&A

海事に関するよくある質問

商法(運送・海商)改正要綱⑬ 物品運送に関する総則は(Ⅰ)
  1.  総論

     商法第二編第8章は陸上運送、第三編は海上運送と、それぞれ別個に規定が設けられていますが、新たに航空運送についての規律を設けるに当たり、これら三者に共通する総則的規律を設けることとされました。
     要綱では、まず、商法第二編第8章第2節(物品運送)の規律について、必要な見直しをした上で、原則として、これらを陸上運送、海上運送及び航空運送のいずれにも適用するものとする、とされています。
     そして、海上運送については、陸上運送を基点とした総則的規律を適用をした上で、更に特則的規律が必要とされ、第三編(海商)はその特則となります。
     他方、航空運送については、特則としての規定の設定はありません。

  2.  物品運送契約

     現行商法では、物品運送契約の意義と成立要件を表す規定がないため、以下の規定を設けることとされました。
     「物品運送契約は、運送人が荷送人からある物品を受け取りこれを運送して荷受 人に引き渡すことを約し、荷送人がその結果に対してその運送賃を支払うことを 約することによって、その効力を生ずるものとする。」

  3.  荷送人の義務
    1.  送り状の交付義務

       商法570条は、荷送人は、運送人の請求により所定事項を記載し署名した運送状を交付することを要す、としています。これは運送契約の証拠となるものです。
       要綱では、送り状(現行法の運送状)の記載事項として、現行法に、荷送人の氏名及び発送地を加えることとされました。荷受人に知らせる情報として重要とされたためです。他方、運送状の作成地及び作成年月日は、契約内容でもないため削除され、実務に委ねられます。荷送人の署名についても、情報伝達の際の利便性から省略できるように、法定記載事項から削除される見込みです。
       また、実際上、運送状に関する情報は、電子メールやFAX等により運送人に提供されることも多いため、運送人の承諾があれば許容することとされました。規定は、「荷送人は、送り状の交付に代えて、運送人の承諾を得て、送り状に記載すべき事項を電磁的方法により提供することができる。この場合において、当該荷送人は、送り状を交付したものとみなす。」、となります。

    2.  危険物に関する通知義務
      •  荷送人の通知義務
        1.  現行商法では、危険物の運送を委託する荷送人の通知義務について、特に規定はありません。国外海上運送に関する国際海上物品運送法でも、明確な規定はありません。ただ、荷送人は、運送契約上、運送品の危険な性質についての通告をする義務を負担すると、一般には解されています。
           この点、行政取締法規である船舶安全法28条に基づく危険物船舶運送及び貯蔵規則17条は、現代の危険物の増加、多様化、取扱や運送の安全性の重要性から、荷送人に、船主又は船長に対する危険物明細書の提出義務を課しており、違反すれば罰則もあるため、公法上は義務であることは明らかです。
           運送人は、危険物なら運送を拒否するか、安全措置の確保が必要ですが、危険物かどうかを一々確認することもできません。
           そこで、要綱では、通知義務の規定を作ることとし、以下のとおりとされました。
          「ア 荷送人は、運送品が引火性、爆発性その他の危険性を有する物品であるときは、その引渡しの前に、運送人に対し、その旨及び当該物品の品名、性質その他の当該物品の安全な運送に必要な情報を通知しなければならないものとする。」
           その危険物の意義については、危険物船舶運送及び貯蔵規則2条、3条、船舶による危険物の運送基準等を定める告示、航空法施行規則194条等に詳細に規定されていますが、商法では上記の抽象的な文言での定義に止まります。
        2.  ところで、最高裁判例では、運送人は、運送品が危険物であることを知っているときは、当該危険物の内容、程度及び運搬、保管方法等の取扱上の注意事項を調査し、適切な積付け等を実施して、事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負う、とされています(平成5年3月25日判決)。
           そのため、審議では、運送人が危険物の性質を知り、又は知ることができる場合は、荷送人はその通知義務を負わないとすべきかどうかについても議論になりました。
           これについては、その場合でも通知義務を負うべきで、義務違反による荷送人の損害賠償責任の判断の際に、損害との因果関係や過失相殺等の判断枠組みを通じて運送人の主観的事情を斟酌し、事案に則した柔軟な解決を図るべきとの意見が大半でした。そのため、要綱では、運送人の主観を問わないものとされました。
      •  通知義務に違反した荷送人の損害賠償責任
        1.  審議では、運送の安全性の確保のため、危険物の運送を委託する荷送人は、上記アの通知義務に違反したときは、運送人に生じた損害を賠償する責任を負う、ということを原則とすることについては一致し、異論はありませんでした。
           それで、中間試案では、以下のとおりとされました。
          「イ 荷送人は、ア(注:通知義務)に違反したときは、運送人に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」
        2.  しかし、この責任を無過失責任とするのか、それとも過失責任の原則を維持するのかで、中間試案では議論が大きく分かれました。
          •  まず、過失責任に立つ立場(甲案)の説明は、以下のとおりです。
             封印されたコンテナ運送を引き受けた利用運送業者が、荷送人として実際運送業者に下請運送を委託する場合、運送品を自ら検査確認することは現実には不可能です。また、運送品の危険性につき専門知識を有しない消費者が運送を委託する場合もあります。そのような場合、危険物に関する情報を通知しなかったことについて過失がないと評価される場合もありうるので、常に無過失責任とするのは相当ではないということです。
             それで、甲案では、前記イの本文に対する例外規定として、以下の但書を付すことが提案されました。
            「 ただし、アに規定する事項(注:危険物の安全運送に必要な情報)を通知しなかったことにつき過失がなかったときは、この限りでない。」
             論拠としては他に、危険物の範囲が曖昧であるのに、無過失責任を負わせるのは酷であること、荷主側には船主責任制限制度のような規定はなく、運送人の責任に比しバランスを欠くこと、危険物の荷送人が賠償責任保険を付することは現時点では通常なく、保険実務でのリスク評価が困難であること、さらに、運送人は事故を発生させた荷主に対して無過失責任を問えるのに、同一船舶上で損害を受けた他の運送品の荷主は、加害荷主に対して不法行為責任(過失責任)しか問えず、均衡を失する、等の指摘がありました。
             これまでの学説でも、荷送人が運送品の危険性を知ることができないような場合に、その通知をせずに船積みして発生した損害につき、荷送人がこのような危険を完全に防止することや損害額の予測は困難で、運送人や他の荷主にとっても、そのような危険は海上運送に通常伴うものとして覚悟する必要があり、荷送人に結果責任を負わせる理由がないとして、過失責任の考え方に立つのが大勢でした。
          •  これに対し、無過失責任の立場(乙案)は、運送の安全性を徹底するため、甲案のような例外は作るべきではないとしました。
             論拠としては、現代は、危険物の種類や度合いは多様で、荷送人の責任を高水準に設定して、運送従事者の安全を確保する必要性が高いこと、運送人が契約の相手ではない危険物の製造業者の責任を問うことは容易ではないこと、さらに、甲案では運送人が最終的なリスクを全て負担することになってしまう、等の指摘がされました。
        3.  その後、審議が続けられた結果、甲案の規定(過失推定責任)でも、運送人は客観的に運送品が危険物であること、及び荷送人の通知がないため損害が発生したことを主張立証すれば足り、他方、荷送人が自己の無過失を立証することは容易ではないことから、現行法より運送人の被害の救済に資するとの考え方で、概ねコンセンサスが得られました。
           それで、要綱では、通知義務に違反した荷送人の損害賠償責任についてのイの規定は、以下のとおりとされました。
          「イ 荷送人がアに規定する通知義務に違反したときは、運送人はこれによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その違反が荷送人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」
           なお、これは任意規定ですので、無過失責任を負うとする約定も有効です。
      •  各種運送に則した危険物に関する損害賠償責任
        1.  海上運送

           国際海上物品運送法11条1項は、危険物の運送で運送人等が船積の際その性質を知らなかったときは、何時でも処分できるとし、同条2項で、前項の規定(危険物の処分)は運送人の荷送人に対する損害賠償請求を妨げない、としています。これは、荷送人の過失責任の規定と解するのが大勢です。
           他方、その元となったヘーグ・ヴィスビー・ルールズ4条6項は、危険物で運送人等がその性質等を知っていれば船積を承諾しなかったものについては、運送人は賠償することなく、荷揚前にいつでも処分でき、荷送人は発生した損害について賠償責任を負う、としています。この点につき、英国では、同条約成立前は結果責任説と過失責任説が対立していましたが、近時は厳格責任(無過失責任)と考えられているようです。
           それで、商法の物品運送の総則として前記甲案を取る場合、国際海上運送についての国際海上物品運送法11条2項の規定についても、この総則的規律に従って過失推定責任と見ることもできます。この点、前記甲案を採用したとしても同条2項については無過失責任と明示する改正も検討されましたが、要綱では特に挙げられてはいません。ただ、新たな規定がない以上、無過失責任との解釈の余地も残されました。
           また、国内海上運送での危険物の取扱についても、同法11条と同様の規律を設けることが検討されましたが、要綱では特に挙げられてはいません。

        2.  航空運送

           航空運送については、危険物により航空機の墜落等に結びつくおそれがあり、物品運送の総則が仮に甲案(過失責任)になるとしても、荷送人は無過失責任を負うとの特則を設けるべきとの意見がありました。しかし、要綱では、特にそのような規定は設けられてはいません。
           ところで、今回の要綱では、初めて商法で、航空輸送でも荷送人に通知義務があることが明らかにされたことは、航空輸送の安全確保のため一歩前進であることは間違いありません。航空貨物では、乗客が危険物を危険物と知らずに同梱したり、商業貨物でも無申告で危険物かどうか微妙な荷物が預けられることがあるようです。
           航空法86条2項でも、爆発物等を航空機内に持ち込んではならない、とされていますが、新たな商法の規律により、乗客や荷主企業にとってもより危険物の持ち込みについては注意が求められることになります。

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