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海事Q&A 商法(運送・海商)改正要綱① 船舶先取特権はどう変わるか

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海事に関するよくある質問

商法(運送・海商)改正要綱① 船舶先取特権はどう変わるか

 平成28年2月12日、法制審議会で商法(運送、海商関係)改正要綱が決定され、同日法務大臣に答申されました。制定後約120年ぶりの改正です。合わせて現代語化される予定です。改正点は多岐に亙りますが、重要点について、法務省の中間試案の補足説明等を参考に要綱をみていきたいと思います。まず、船舶先取特権を取り上げます。

  1.  船舶先取特権を生ずる債権の範囲
    1.  要綱では、船舶先取特権を生ずる債権として、以下の債権が実益に乏しい等の理由で削除されました(①競売費用・競売手続開始後の保存費、②最後の港での保存費、③売買・製造後に航海していない場合の売買・製造等により生じた債権、最後の航海のための艤装等に関する債権(以上、商法842条)、④再運送契約に基づく損害賠償請求権(国際海上物品運送法19条))。
       他方、船舶の運航に直接関連して生ずる人身損害に関する債権は、船主責任制限法で、制限債権(船舶所有者等がその責任を制限できる債権)とされ、その代償として船舶先取特権が認められていました(同法95条)。ただ、旅客の人身損害に基づく債権や船舶所有者等の被用者の使用者に対する債権は、制限債権ではなく、船舶先取特権は認められていませんでした。
       それで要綱では、船舶の運航に直接関連して生ずる人身損害に関する債権は、人命尊重の理念から、制限債権か否かを問わず、商法上一律に船舶先取特権が認められることになり、同法842条に追加されました(これに伴い、船主責任制限法の船舶先取特権の範囲から人の損害に関する債権が削除されました。)。
       一方、船主責任制限法の物の損害に関する債権に係る船舶先取特権に関し、船主側から、船舶先取特権による本差押えは本船の犠牲が大き過ぎ、仮差押えが本来用意された制度であるとして、債権の範囲からカーゴクレームを外すよう強い要望が出されました。
       しかし、貨物が損傷した場合、保険金を支払った貨物保険の保険者は、船舶先取特権で差押えができることを前提に保険者から保証状を取り付けるのが通常であるとして、カーゴクレーム等の契約に基づく債権に船舶先取特権を認めないことは相当ではないとされ、上記要望は認められませんでした。
    2.  中間試案で議論になったのは、船員の雇用契約に基づく債権に関し、商法842条7号では、社会政策的目的から債権の範囲に限定がないのに対し、「当該船舶への乗組みに関して生じたものに」に限定するとすべきかどうかでした。
       現行を指示する案は、過酷な長期人身拘束を伴う海上労働により生じた船員の労働債権は、船舶抵当権者の貸金債権等より保護されるべきとするものです。
       限定する案は、船舶先取特権は、いずれも特定の船舶と債権との間に牽連性があるとして認められていること、また、雇用契約債権は船員の労務で当該船舶の価値が維持されるため、債権者の共同の利益のために生じた債権といえる、等を根拠としていました。
       検討の結果、限定する条項案は採用されず、現行のままとなりました。そのため、債権の具体的範囲については今後の判例の動向に委ねられます。
  2.  船舶先取特権の順位及び船舶抵当権との優劣
    1.  順位は以下のとおりになりました。
      1. 第1 船舶の運航に直接関連して生じた人身損害に基づく損害賠償請求権
      2. 第2 救助料、船舶負担の共同海損分担金
      3. 第3 航海に関し船舶に関された諸税、水先料、引船料
      4. 第4 航海継続に必要な費用に係る債権
      5. 第5 雇用契約で生じた船員の債権
      6. 第6 船主責任制限法の物の損害に関する債権
    2.  中間試案で議論になったのは、上記第4順位、及び第6順位の船舶先取特権と船舶抵当権の優劣です。現行の商法849条は、船舶先取特権が船舶抵当権に優先するとしています。
      •  航海継続に必要な費用に係る債権(第4順位)
         試案では、航海継続に必要な費用に係る先取特権について、船舶先取特権が認められれば、船舶差押えで船舶所有者は事実上弁済を強いられるから、船舶抵当権が優先しても燃料油供給業者、船舶修繕業者等の保護に欠けることはないとの意見が出ました。また、金融機関からは、一般論として船舶先取特権の範囲が広すぎて与信業務に影響を与えており、船舶抵当権を優先させるべきとの意見が出されました。
         これに対し、石油業関係団体からは、燃料油供給業者は中小企業が多く、船舶抵当権が優越すると企業経営に悪影響を及ぼす上、差押え自体事実上困難であるとの意見が出されました。
         また、造船関係団体からは、修繕を主として行う造船所はほとんど中小零細であり、かつ、取引慣行として工事を終えた後に交渉で金額を確定する形式が多いため債権を持ち越す事態が発生しやすく、船舶先取特権が船舶抵当権に劣後するのでは債権回収に支障をきたす、との意見も出されました。
      •  物の損害に関する債権(第6順位)
         次に、物の損害に関する債権に係る先取特権者は、船舶を差し押さえることができる地位にあることを前提に保険者から保証状を取り付けるのが通常で、現実に先取特権を行使して配当を受けるのは稀であること、英国法の同種の担保権(statutory lien)も船舶抵当権に劣後すること等から、船舶抵当権がこの債権に優先すべきとする案が出されました。
         これに対し、漁業関係団体からは、船舶先取特権は、保険填補が期待できない場合に漁業者として唯一取りうる手段であり、また、保険加入船舶でも、付保が油濁損害と船体撤去費用のみの船舶が養殖網破損等の漁業被害を起こした場合、差押え以外に被害救済の途はなく、抵当権が優先されると差押えの効果が期待できないとの意見が出されました。
         また、英国法では、衝突等に基づく損害賠償請求権に認められる担保権(maritime lien) は船舶抵当権に優先しており、不法行為の被害者を船舶抵当権に劣後させるのは不相当であるとの意見も出ました。
      •  検討の結果は、要綱になんら記載がなく、船舶先取特権が船舶抵当権に優先するとする現行法が維持される見込みです。
      •  ちなみに、抵当権に優先するmaritime lien は、英国法では、船舶衝突損害、海難救助料、海員の給料、船長の給料、立替金及び冒険貸借、パナマ法では、裁判所費用、海難救助料及び海員の給料です。
  3.  船舶先取特権の目的

     商法842条は、船舶先取特権の目的として、船舶、その属具及び未収運送賃と定めていますが、実務上、未収運送賃に対して先取特権が行使されたこともないこと等から、未収運送賃が目的から削除されました。

  4.  船舶賃貸借における民法上の先取特権の効力

     現行では、船舶賃貸借の場合に、先取特権者の保護のため、船舶の利用について生じた先取特権は船舶所有者に対しても効力を生ずる(商法704条2項)と定められ、この先取特権には民法上の先取特権も含むと解されています。
     中間試案では、民法上の先取特権は船舶所有者に対して効力を生じないとする改正案が出されました。その根拠は、商法704条2項の先取特権は、債務者以外の所有物に対して成立する点で海商法に特有で一般化すべきではないし、民法上の先取特権は、船舶先取特権(1年で消滅)と異なり長期に存続するため、船舶所有者の負担が過大であるということです。
     これに対しては、造船業関係団体からは、船舶賃借人が発注者の場合、修繕で船舶の価値が高められているのに船舶所有者に及ばないことになると債権回収の懸念が大きくなるので、利益を受けた所有者から債権回収できるようにするべきだとの意見が出されました。また、最高裁平成14年2月5日の判決は、船舶安全法上の法定検査に伴い必要となった修繕費に関し、商法上の船舶先取特権(航海継続に必要な費用)は成立しないが、民法320条の動産保存の先取特権が成立することを前提として、商法704条2項の先取特権には民法上の先取特権も含まれると判示しています。
     検討の結果、要綱に特に記載はなく、民法上の先取特権も含むとする現行法の規律が維持される見込みです。
     また、この商法704条2項の規律は、定期傭船にも準用することとされました。その理由として、定期傭船では、船舶所有者側は船舶の艤装や船員の指揮監督を行っており、船舶賃貸借の場合より船舶を用いた海上企業活動の関与の度合いが大きいところ、その負担を軽減して債権者保護の程度を後退させるべきではないため、と説明されています。

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